スタジアム建築

(文:川島範久)

いよいよ、日本のワールドカップ初戦ですね。
やはりなんでも初めが肝心です。絶対勝ちましょう。


さて、以前、寺崎からスタジアムに関する書き込みがありましたが、
先週、生研での川口健一教授の授業でスタジアム建築に関する授業があり
より詳細なスタジアム事情を得ることができたので書き込みます。



今回のW杯の会場であるドイツのスタジアムは
様々な与条件、制約が重なって、非常に興味深いものが多くできました。


そもそも、数万人規模の観客数を収容するスタジアムのスタンド屋根は、数十メートルに及ぶ懐の深さを保ったままフィールド側に向かって大きく開放された大屋根構造となるので、意匠、構造、施工ともに工夫のある設計のものが多いようです。


さらに、ドイツは西ドイツ時代の1974年にもサッカーW杯の開催国となっており、もともとの既存のスタジアムが存在し、今回の12スタジアムのうち、新築されたスタジアムはヘルツォークによるミュンヘンのスタジアムと、ライプツィヒの2スタジアムのみで、6会場は増築、改修的な工事で、他の4会場も古いスタジアムの解体新築です。よって、既存スタジアムの下部構造などを利用した増築改修では、既存の構造躯体になるべく負担のない軽い構造システムとする必要がでてきます。


また、W杯スタジアムに対するFIFA側の基本的な要求項目に、「観客席は全席座席。その3分の2は屋根または上部のスタンドで覆われていること。」「全て天然芝で、105×68mのフィールドを持つこと。」というものがあり、既存のスタジアムで、屋根がなかったり、一部しか無かったりする場合は、いかに屋根を増築するかが問題になってきます。


12スタジアムの中で一番興味深かったのは、ベルリンのスタジアムでした。
このスタジアムは、ナチス政権下、1936年ベルリンオリンピックのためにWerner Marchによって設計されたベルリンオリンピックスタジアムで、現在歴史的建造物として保存の対象になっています。貝殻石灰岩の列柱で囲まれた荘厳な外観を持つスタジアムであり、西に向かって切り込まれたような開口を持ち隣接する5月広場と鐘楼を望む形になっています。


今回W杯で会場として使用するために、コンペが行われました。
条件は、上で述べた様なFIFAの要求項目を満たすこと。この建物の雰囲気を壊さないこと。西の開口部分には屋根はかけないこと。客席部分には柱を設けないこと。でした。


スタジアム屋根の構造形式には様々なものがありますが、最近の流行りは「閉鎖型ケーブルネット式」という閉じた圧縮リングと放射方向のケーブルネット網により、自己釣り合い系の有効利用や圧縮リングの座屈拘束効果などで大幅な軽量化が可能なもので、12スタジアムのうち4スタジアムで使われています。この構造形式は客席に柱を落とすことをしないで済み、かつ非常に軽くて既存に与える負荷を小さくできるので、このベルリンスタジアムに架けるのに適していると思うところですが、西の開口部分には屋根を欠けてはいけないという条件とぶつかります。「閉鎖型」とあるように、この構造形式は閉じれないと不可能な形式なのです。


で、結局コンペで勝った案には、客席に柱が降りていて、負けた人たちからかなりのクレームがあったようです。しかし、客席に降りている柱はかなり細い材による樹状支柱で、本数も少なく、結果できた空間は非常に軽く美しいものでした。


この屋根の主構造は、外周側で等間隔に配置された76基の放射方向片持ち梁であり、そのうち40基が樹状支柱により支持されています。片持ち梁の全長は68mで上弦材は直線状、下弦材は曲線状になっており、トラスのフィールド側の部分はフィーレンディールトラス梁状になっています。この部分は、フィールドの芝生に太陽光を落とすために、部分強化した合わせガラスをDPG方式で支えた屋根になっています。


それ以外の部分は、外膜と内膜により包まれています。外膜はPTFEコーティングの防汚性ガラス繊維膜で、内膜は目の粗いPTFEコーティングガラス繊維膜で、構造部材と照明、音響設備の目隠しとなり、非常にスッキリとした外観になっています。


結果、歴史的な荘厳な雰囲気を壊さず、軽く、シンプルで、機能的な屋根をかけて、現代的なスタジアムに生まれ変わらせたのです。これは、良いリノベーションの事例と言えるでしょう。

このスタジアムでは、W杯の決勝が行われます。このスタジアムで日本が決勝を戦うのを見れたら最高ですね。


参考文献:川口健一 鉄鋼技術2006年5月号掲載 「FIFA ワールドカップ2006ドイツ大会 開催スタジアムの視察報告」